甲州街道の歩き旅6日目です。
今回は笹子駅から笹子峠を超え、勝沼宿の本陣近まで歩き、ここから勝沼ぶどう郷駅を経て帰宅の途に就くものです。
2022/6/25(土)単独 行動時間 7時間40分
笹子駅 8:40-矢立の杉10:35~10:40-笹子峠11:30-駒飼宿13:20-聖観音堂14:30-勝沼宿15:55-勝沼ぶどう郷駅16:20
街道脇にこんな珍妙なお地蔵さまがありました。
安政二年(1855)に建立された「笠懸地蔵」です。
天保の大飢饉による窮乏をこの地蔵に心願してきたようです。
「明治天皇行在所址」の碑が建つ黒野田宿の天野家本陣跡です。
本陣の冠木門が残っています。
笹子に伝わっている人形浄瑠璃の一端を見れればと思い「笹子追分人形発祥の地」に立ち寄ってみましたが、残念ながら人形などの展示はありませんでした。
県道から笹子峠自然遊歩道に入ります。
800mで「矢立の杉」とあります。
厳しい日差しがそそぐ日でしたが、木立の中は大変気持ち良い歩きができました。
途中、石垣で囲われた平坦な場所があります。
ここがかって茶屋があった場所のようです。
「矢立の杉」に到着です。
根廻り14.8m、目通り9m、樹高26.5m(幹は地上約22mで折損し中は空洞)の巨木です。
樹齢1000年を超す矢立ての杉は、戦国時代合戦に赴く武士が必勝を祈願し、この木に矢を射ったことからその名前がついたと云われてます。
かって甲州街道を往来する旅人の憩いの場でもあったようです。
難所笹子峠を越えるために開削されたこの隧道が開通したのが昭和13年。昭和33年に新しいトンネルが完成するまでの20年間は甲州街道の交通を支えていました。
洋風建築的な両脇の2本並びの柱形装飾など、特徴的な美しさが印象的です。
トンネル手前の右手にある道を登ること10分ほどで笹子峠です。
笹子雁ヶ腹摺山とカヤノキビラ頭への登山道があります。
ここで、小休止としたかったのですが、ベンチなどの休憩スポットは有りませんでした。
笹子峠のすぐ下に峠を往来する人や馬の無事を願う祠があったという天神社。
古い石灯籠もあります。
笹子峠から県道に下り、県道を横断する形で再び山道を下ります。
杉林の中を下っていたら前方が大きく切り開かれた伐採地となりました。
当然、道の存在は確認できず、赤テープが巻かれた木などを頼りに迷いながら本来の道に戻ります。
駒飼宿本陣跡の前にあるマップです。駒飼と言う地名は元々、馬の放牧をしていた場所だった所からきているようですが、次の鶴瀬宿とは相宿だったそうです。
街道筋には人家が建ち並び、今でも屋号で呼び合うなど、名残があるようです。
享和三年(1803)に建立された大きな常夜燈がひと際目を引きます。
山腹にある観音堂に立ち寄りました。
本尊は聖観世音菩薩で京都清水より移したものと云われています。
獅子の木鼻など多くの彫物で飾られた社は意外に立派で驚きました。
観音堂の奥にある旧中央線の遺構見学するために、定かではない道を少し奥に進むとトンネル遺構の出入口に到着。
左が1903年から1917年まで使われた旧横吹第二トンネルで、右が1917年から1997年まで使われた新横吹第二トンネルです。
そして反対側の勝沼ぶどう郷駅方面を見ると入口が塞がれた深沢トンネルの東口があります。
ブルドーザーが有ったので道があるのかと思い周囲を探しましたが確認は出来ませんでした。
観音堂まで戻ってから、下山のため長柿洞門の上にくると絶景が広がっていました。
広重は境内からの景色を「古今絶景也」と評したとされますが、この景色を見ていたのでしょうか。
金比羅神社の芭蕉句碑近くに三角点(431.7m)を確認。
この近くで最後の休憩としました。
勝沼ぶどう郷駅までの上り坂は、美しい景色を眺めながらルンルンで歩きたい所でしたが、疲れた体に鞭打ってつらい登りでした。
甲州街道の分岐から25分でようやく駅に到着。
ここは、特急も停車するため帰りは特急利用で幾分早い帰宅となりました。