川崎~神奈川~保土ヶ谷まで 2010/3/28(日)
前回に引続き京急川崎駅から川崎宿を巡る旅をスタートさせる。
やや距離は短いが保土ヶ谷宿まで約14Kmの行程だ。
今日は曇り空でこの時期にしては少し肌寒い。
京急川崎駅から程近い小土呂橋交差点には、現在は無い新川堀に架かる石橋の親柱を保存、設置したものと云うことだ。
休日の朝は人通りも少ない東海道の旧道を歩き、京急の八丁畷(はっちょうなわて)駅近くの松尾芭蕉の句碑を見る。
芭蕉が故郷の伊賀に帰るときに、この川崎宿にて門弟と別れをおしみ詠んだ句
「麦の穂を たよりにつかむ 別れかな」
が刻まれているそうだが・・・読めない。
昭和8年に建立された右手の石碑に刻まれた「武州橘樹郡市場村一里塚」の文字が歴史を感じさせる。
裏面に昭和八年六月建立とあった。
意外に車や人の通行量は少ない。
日曜日と云うこともあるのだろうが、生麦魚河岸通りも常に静かなたたずまいで、どのお店も閉まっており少し拍子抜けした。
生麦事件の碑を過ぎ、キリンの巨大な工場横を抜けるとしばらく第一京浜沿いに2Kmほど行くと神奈川宿に入る。
この付近には神社とお寺さんが点在しているが、多くが開港当時各国の領事館などにあてられた。
慶運寺 フランス領事館跡、甚行寺はフランス公使館
左は アメリカ領事館がおかれた本覚寺
このほかヘボン式ローマ字でお馴染みのヘボン博士の宿舎に当てられた成仏寺など目白押しだ。
浅間下から旧東海道は細い路地となるようだが、間違えて少し広い道に入ってしまった。
途中で、間違いに気付き補正したが、結果的に大きく北側に入ってしまい星川の駅に近い地点まで行ってしまった。
何とか東海道に戻ったところ折りしも天王町商店街はアンティーク&フリーマーケットの開催日で東海道の旧道は人で溢れていた。
相鉄線の天王町駅前公園にある旧帷子橋跡の史跡の近くの日本橋から八里の石碑を確認。
今回の川崎宿からスタートし神奈川宿、保土ヶ谷宿に至る旅もこの地点で終える。
前回途中で落としてしまった万歩計も、今回は別のものにて歩数計測をした結果、
31,879歩であった。道を間違えたこともあり少し多目と思う。
歩行時間は昼食時間込みで6時間40だった。